新卒採用の歴史 Vol.2 ~ 戦時中の就職活動
明治時代、優秀な学生を採用しようと始まった新卒採用。
今回は昭和初期から、戦時中までの新卒採用の歴史について紹介します。
昭和初期
大正9(1920)年の第一次世界大戦終結・大正12(1923)年の関東大震災による就職難は、年号が昭和に変わってからも続きます。学生たちは就職活動に追われ、次第に学業がおろそかになっていきました。そんな状況を受け、昭和2(1928)年に、三井や三菱といった大手銀行が発起人となり「就職試験は卒業後に行う」という協定を、当時の文部科学省と締結します。翌年の昭和3(1929)年から、新卒採用は卒業後に行われることになりました。
しかしそんな協定もむなしく、卒業を待たずして採用試験を行う企業が相次ぎました。ある程度の抑止力はあったものの、企業側からすれば、いち早く優秀な学生を確保したいという気持ちに変わりはなかったからです。平成30年の現在においても、経団連が定めた選考解禁日前に選考を行うことが常態化していますが、根本にある考えは今も昔も同じようです。
戦時中
約15年続いた就職難が解消されたのは、昭和11(1937)年に勃発した日中戦争がきっかけでした。軍需産業が拡大する中で「国家総動員法」が制定され、戦争勝利に向けて全ての人的・物的資源が政府によって統制されることになったのです。
無論、新卒者も例外ではありません。国家総動員法に基づき発令された「学校卒業者使用制限令」により、新卒者の就職先は全て国が割り当てることになりました。日中戦争から太平洋戦争へと発展していく中、就職を統制する法令が次々と発令され、人々は軍需に優先的に配置されていくようになります。
学生たちの就職難が解消された一方で、企業側も学生側も“選ぶ”という自由がなくなり、国のために働くということが義務となりました。
企業が学生を選び、学生もまた企業を選ぶ。ではなく、国が全てを統制していた時代もあったんですね。
次回はそんな戦中を脱し、戦後どのような新卒採用が行われていたのかをお届けします。
(北村翔太)